その愛想笑いやめろ

サンピリ演出の元一のブログです。
適当に書いています。
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岬のさえずりリーディングを見て思ったこと。
 いろんなことに失望した公演だった。
この作品でリーディング公演をやる必要があるのか、一切理解できない。

ロールバックは出さず、イスがコの字型に並べられ、中央に出演者が座るイスが5脚。
上手向きに2人、下手向きに2人と背中合わせで座っているから向こう側の二人の顔が一切見えない。既に嫌な予感。

案の定、一切演出の入っていない台本読みだった。
呼んでいるのも学生なのか素人なのか、よくわからない人たち。
苦痛とかじゃないけど、そんなんでいいのか?本当に。
おそらく低予算で戯曲を公にだして本公演でしっかり頑張ろうということなんだろうけど、
それにしても、僕の考え付くこだわりのない公演の中で最低の手抜きっぷりだった。
プロデュースユニットとして終わってる。

僕は、「演出する人いませんか?」みたいな誘いに吸い寄せられて足を運んだわけだけど、
こんなに自分の戯曲を大事にしない人の戯曲をやりたくないなって思った。勝手に。
宮園瑠衣子さんは「春、夜中の暗号」「よかっちゃん」で知って、
こんな素晴らしい作品をつくる人が福岡にいるなんてすごい!とはしゃいだものだったけど。

今日の作品の世界観もやっぱりこの人だから書き切れるような世界観で、
聞きなれた口語調子なのに何かここの言葉とは別の言語のような質感にやはりゾクゾクさせられてしまった。
脳みその使ってない細胞から突かれるような、独特のやりとり。そして情景。生活感。
ト書きも、置き方というか添え方というか、とても繊細に構成されていた。

ただ、その戯曲も公演で立ち上がることは一度としてなく、
学生のうすっぺら2次元的な発語で殺されていく。
普通に読んだ方が一億倍いい。

元々能力もないのに読み込みはもちろん、稽古もろくにしてない、やる気のなさ。
劇作家って、そういう人たちに読まれることに何の抵抗もないんだろうか。
イラだったり、悔しかったりしないんだろうか。本公演でなんとかなればいいのだろうか。
何か気づくことやプラスになることはあるものなんだろうか。
俺だったら嫌だ。せっかく書いたもの、さらっとやられるなんて。
何か気になったところを見つけても、それが戯曲に問題があるのかどうか逆に混乱する。

そしてそれを稽古場でなく、公の場に出すという豪快さ。
演じ手が下手なのは、我慢できる。僕は。
でも、それに何のフォローもダメも入ってないような状態で出すのは彼らにとってよくない。ゆとり指導。
学生を舞台に立たせるんなら、ちゃんと成長できる場にしてあげるべきなのでは。
今頃、楽しく「よかったねー」みたいな打ち上げが行われていると思うとすごく悲しい。
一切よくなかった。
あの子たちが舞台に立つなら、その役があの子たちでないと成立しないってところまで持っていってあげないといけないと思う。
難しくても、その努力はできたはずだ。それが演出の仕事だもの。

今まで彼女の作品を演出したり出演したりした人もやっぱりよかったねって言うのかな。
僕は悲しい。
僕は宮園瑠衣子さんの作品を土下座してでもやりたいって思ってきたのに。
僕は、今後こんな感じで誰かの手によって宮園瑠衣子さんの作品が潰されたら嫌だって思う。
本公演でなくても同じだ。
例えば彼女の作品が九州戯曲賞に選ばれてリーディング公演があったとして、同様の演出状態だったらそりゃ嫌だよ。
でも、作家本人がそれをやってる。認めてるのに等しい。

演出は、やはり経験や技術がないと評価されないけど、僕は愛とこだわりが必要だと思ってる。愛もないし、こだわりもない。本当にそれでいいの?
僕の予想だけど、彼女の作品を演出する人は募集せずとも既に決まっていて、だからこの程度のアピールでいいんだ。もしくは、学生に読ませても戯曲の力は失われないと思っているに違いない。妄想だけど、そう考えないと気持ちの逝く場所がない。

リーディングは、本格的に舞台をつくるより、絶対に難しい。

この道で食ってる人じゃないと、まず失敗する。

九州戯曲賞のリーディングが慰め程度にやっていたりするけど、
あんなのやって戯曲や書き手の何が報われるか一切わからない。ただの演出工夫合戦だろ。
本当に戯曲を生かすなら、絶対にその戯曲を立ち上げないとダメだ。絶対。
予算なんて出演者に振らずに、有志でやったらいいんだ。
でも、そういうことを福岡の先頭に立つ劇作家が自分でやっちゃう世の中。
戯曲ってさ、そんな雑に扱われていいのか!!
今後出てくる優秀な戯曲が!リーディングで満足されて終わりって悲しくないの?

脱線するけど、戯曲を育てたり認めたりする分、福岡の演出は全く育ってない。
一つの戯曲を通して語ろう!みたいな企画も、結局なくなった。
なくなる時期は、福岡の演出家のレベルが上がってからだろうと思うけど、担当している人が募集する演出家がいないからってやめたそうだ。
もう本当にやめよう。そういうの。
そういうやる気ないの、やめよう。

演出家が育ってないとかの件は、いい。個人のセンスや努力もあるだろうから。
いないものはいないし、誰かが動いて育つようなものじゃないと思う。その力は福岡にない。
ただ、リーディングやっときゃいいやって風潮はやめよう。
北九州のは、企画としてまだ成立しているとは思うけど、
そうでなきゃ下手にリーディングやっても戯曲を潰すだけ。

演劇の本なら、絶対立ち上げないと。絶対。


やっぱり僕、あんまり芝居観にいかない方がいいかもな。
500円で適正料金だと言えばそれでいいってさ・・・
愛もこだわりもないものつくってる人と一緒の場所でやってると思うと健康に悪い。
悲しくなる。ただ、ただ。

傲慢かな。俺は。
やってる人と、その身内が楽しければいいのか、やっぱ演劇って。

無料でも500円でも、リーディングでも、俺は死ぬ気でやるよ。
そうまでしても、伝わらないものなんだから。

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コメント
あはっ♪
いい戯曲だったんだろうなぁ~
自分で「傲慢だろうか?」って書いてるのもすごい!
傲慢だけど傲慢じゃないよ。
としとると寛容になるけど、若いうちは厳しくていいと思います。
| くう | 2013/12/22 2:15 AM |
行き届かない面が感じられたというのはあると思うけど、それで

・最低の手抜きっぷり
・プロデュースユニットとして終わってる
・こんなに自分の戯曲を大事にしない人
・普通に読んだ方が一億倍いい

ここまで、いうのかぁ。。

非寛容だなぁ、、、、
学生だってもうちょっと、あたたかく見守るという方向でいけないのかなぁ。

と思いました。

もちろん、ハタチ前後の人をヒドく傷つけるということは自覚して書いているとは思うし、そのリスクも受け入れる覚悟はあってのことと理解しています。
| たかさき | 2013/12/25 8:13 PM |
ご理解頂けているようですが、ご本人たちがこのブログを見てくれていることを考慮した上で書いています。

攻撃的で配慮のない文章ですが、この公演で非常に危機感を持ったことは事実なのでいつも通りそのまま率直に書きました。
表現を訂正することはいくらでも可能ですが、僕が意図しない誤解を与えたくはありません。

本当に感動したお芝居の感想をちゃんと書くために失望したお芝居もちゃんと書きたいと思っています。
| たけうち | 2013/12/25 8:39 PM |
なるほどね、、、

あなたがハタチ前後の時に、あなたの至らなさに対し、周囲は表現をまろやかにすることなく、激越な表現をあなたにぶつけてきたってことなのかなあ、、、
(僕はそうは思ってないけどね。あなたは周囲から大事にされてきたと思っています。)

もしくは、周りが表現を手控えたとするならば、そのことが、よくなかったってことなのかな。

>表現を訂正することはいくらでも可能ですが、僕が意図しない誤解を与えたくはありません。

表現を訂正しつつ意図しない誤解を与えない方法はいくらでもあると思いますよ。

>失望したお芝居もちゃんと書きたいと思っています。

ちゃんと書く方法もいくらでもあると思いますよ〜。

今回のこの書き方が「ちゃんと書いている」とは思わないです。「即時的な主観を包み隠さず書いた」とは思いますけど、それを「ちゃんと書いた」と言われると、一般的な「ちゃんと」の受け取り方とは違うかもしれませんね。

>この公演で非常に危機感を持ったことは事実

あなた個人の主観的な危機感ってことだよね?
その肌感覚はもちろん尊重します。

ちなみに、脳内客観につとめたところで考えると、この公演が福岡の演劇シーンに悪影響を与えるとはまったく思ってないです。むしろプラスが大きい。

不器用な書き方しかできない。ってことだと受け止めてますけどね。
| たかさき | 2013/12/27 11:23 PM |
僕が僕の言葉で書く以外に何か意味はあるのでしょうか。
このブログは僕が「勝手に書いている」ものです。
それ以上でもそれ以下でもありません。
それ以上にもそれ以下にもするつもりはありません。
同様に福岡で感想を書いている人たちは、みんな彼らが思ったことを彼らの言葉で書いていると思っています。
彼らそれぞれで読み手に対する配慮も異なります。
それでいいし、それがいいと思っています。

以前、何かネットで揉めた事もありましたけど、僕がその経験で得られたことは一つです。
「人の感想はそれがどんなものでも尊重されるべき」です。

たかさきさんの今回の反応に関して言えば、たかさきさんが僕のブログを読んでくださって意見や助言をくださったことについては素直に受け入れたいと思っています。
ただ、たかさきさんの議論はブログの書き方や文章の表現についてであって、僕がこのブログで問題としていることや疑問に思っていることには触れていないと思います。したがって僕はあくまで自分の書いている内容や表現、考え方については変えない所存です。
どうか、勝手に書かせてください。
そのぐらいの自由や権利はあるはずです。

また、これ以上企画の関係者には何かアクションをする気もございません。こういうことをブログに書くお客さんも世の中にはいるって事実だけでいいと思ってますし、それしか僕にはできないと思っているので。


>ちなみに、脳内客観につとめたところで考えると、この公演が福岡の演劇シーンに悪影響を与えるとはまったく思ってないです。むしろプラスが大きい。

たかさきさんがもしも「あの公演が福岡の演劇シーンにプラスにはたらいた」と考えてらっしゃるのなら、それでいいと思います。
ただ、僕はその先の「あの公演が福岡の演劇シーンに“もっと”プラスにはたらくには」について考えたつもりです。僕なりにですが。



僕を論破することは容易だとは思いますが、
僕が攻撃したいのは「この企画」そのものやそれを取り巻く環境であってたかさきさんではありません。

ここに書き込むことが少しでも有意義なものになって頂ければいくらでもレスを返したいと思っていますが、またお会いしたときにでもお話できたらと考えています。

| たけうち | 2013/12/28 12:48 AM |
>ただ、たかさきさんの議論はブログの書き方や文章の表現についてであって、僕がこのブログで問題としていることや疑問に思っていることには触れていないと思います。

まったく、そのとおりです。
その部分には一理あると思っています。

>どうか、勝手に書かせてください。
>そのぐらいの自由や権利はあるはずです。

これ、自分が書いたものに文句をつけるな。
という意味じゃないよね?

書いて発表した以上は、それに対する批判も受け入れるという前提だよね?

もちろん一定程度のルールやリスペクトは必要であって、あなたの意見や人格へのリスペクトはもった上でやってるつもりだけど、そうじゃなかったら訂正します。


あいだ、あいちゃって申し訳ない。




| たかさき | 2014/01/04 2:31 PM |
>書いて発表した以上は、それに対する批判も受け入れるという前提だよね?

その通りです。
『どうか、勝手に書かせてください。そのぐらいの自由や権利はあるはずです。」というのは、
自分の文体や扱う表現方法について述べています。
「ちんこ・まんこ・死ね・殺すぞ」など、それが犯行予告だとか具体的に罰せられない限り自分の文章表現を優先します。

僕はタレントでも、将来有望な人物でもありません。
ここに書くリスクは考慮のうえで書きたいことを書きます。
| たけうち | 2014/01/06 2:40 AM |

なるほど
自称演出家、人となりの伺えるブログ内容ですな

貴方様のように相手の気持ち不在で
思った事を書いて回るネットサーフィン中なので
コメ辺不要
『どうか、勝手に書かせてください。そのぐらいの自由や権利はあるはずです。」
| ...名無し | 2014/01/14 8:16 AM |
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