その愛想笑いやめろ

サンピリ演出の元一のブログです。
適当に書いています。
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非・売れ線系ビーナス「hideの真似して死ぬなんて」
復活公演?

前回の公演は僕がスタッフとして参加していたこともあり何も言えなかったけど、客席から観ても勢いを取り戻してきたような気がする。

それは、演出の木村さんが独自の方法論を掴み始めたせいかもしれないし、林良子さん(姉役)の再始動が効いているからなのかもしれない。何だかいい時代の非売れが帰ってきたような気がした。終始観客として楽しめたので心地良かった。

とりあえず、今回の公演の演出については何も言うことないと個人的に思う。世界観のイメージはしっかりと客席に届いていたし、グッとくる部分とシュールなシーンのバランスも観客の気持ちいいところをちゃんと理解しているように思えた。
あれより派手になったりシュールに凝っていたら崩れていたかも。小屋のつくり出す空間や役者、照明の絶妙な演出。伸び悩むことなくこれからもガンガンいってほしい。

脚本も、前作のスマートさを殺すことなく一つ一つの言葉が冴えていた印象。やはり田坂脚本は新しい時代を迎えている予感がビンビンする。
なんかよう言えんけど、独特の「生活感」が前作から描けている気がする。生々しさとシュールの不可思議な同居をもって、人間を描くというか…。演出を他人に任せたことで新しいものが書けてきている。


欲を言えば…、もっと非売れの創り出す“生々しさ”に磨きをかけるべきだと思う。今は今で芝居が成立こそしているものの、生々しさとシュールの振れ幅が小さくて今一つグサッとこない。登場人物の性格や背景、人間の描き方が半端な気がする。

確かにそれこそが田坂脚本の持ち味になっている側面があるから決して強くは言えないけど、書かないと書けないは違うというか…まだ書けていないように思える。得意ばかりに安住していて、延びが足りないのはそのせいではないだろうか。
今回でいえば弟、姉や姉の友人の描き方にもう一歩踏み込んでいるだけでまた違った印象になっていたと思う。…科白に無駄はないとは思うけど、無駄のない技術でもって一つ人間の深みに着手していってもいい気がする。そろそろ。
また、役者の力量不足も大いにある。もっと深みや細やかさがほしい。北くんは前作を見ている人からすればまず同じ人と思われておかしくない役づくり。ポチも前作に比べて浅い。なんだ、描かれていなかったら演じないのかこの役者さんは、そんなんでいいんだ、なんだ、と思った。
劇団の演出は素材を生かす術を掴むと同時に、素材を磨く術も身に付けなければならないと僕は思う。俳優が育つだけで演出の幅も広がるし、自身も過程の中で生かし方を知っていける。


次も楽しみ。
| - | 10:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
DEAR Gang & my father
朝なのか夜なのか
わからない時間に起きて
テレビは砂嵐で
さっきコーラを飲んだ

テーブルに落ちてた
君の資料を
やっと読む気になったよ
そのまま読んでみたよ
向こうで元気にやってるかな
顔の形が変わった気がした

最近ようやく親の誕生日を
祝ってないことに気付いて
友達を飲みに誘えど
みんな東京に行ってて

AVかと思ったDVD
君が出ていて驚いた
一分足らずのビデオレター
なんて言ってんのかわからなくて

DEAR Gang そっちは
青い空が広がってるかい
DEAR Gang こっちは
黒い空が目を覆っている
DEAR Gang 君は大人になったら
きっとキモい顔になるだろう
DEAR Gang 僕はそのとき
どんな顔して君に会うのかな

君がタイ人になった日
僕が日本人になった日

DEAR Gang そっちは

何時だ



………………………………
お酒が入ったせいか顔が火照って眠れず、ふと、昨日は風邪を引いて寝込んでいる親父が誕生日だったことを思い出す。
僕は一昨年つくったこの歌の中の僕と何も変わっちゃいない。ちょっと暗すぎとは思うけど…

そろそろ里子のガンに手紙を書かなくちゃ。“そのとき”は近づいてんな。


とりあえず朝起きたらなんか言おう。照れくさいけど
| - | 03:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
(劇)池田商会ノーガード「クオリア」
ストレス芝居。

まず、パンフレットがしっかりと作られていて感動を覚えた。やっぱり嬉しいもんだなぁ。しかも、来場者だけのチケットプレゼントが盛りだくさん!こういうの、わくわくする。

芝居の方も、僕がもともとホラー好きなこともあって楽しめた作品だった。
舞台装置ががっつり組まれ、仕掛けもたくさんあったので単純に見栄えをよくしていたのもあるかもしれない。壁に、エレべーターに、明かりに、映像に、生々しい小道具に、本公演の気合いを感じる。
役者もお馴染みのメンバーで安心して観ることができた。今井演じる三原宏史さんの細かいツッコミに何度かクスクスしてしまった。


それで演出について思ったことだけど、やっぱり「やりたいことは全部出せているけれどお客さんが置いてけぼり」状態を感じざるを得ない。

まず、これは僕の考えだけど“叫べば人はビビる”というのは絶対大間違い。せっかくいい緊張感のシーンもあったのに、後半は叫んでばかりで台無し。やかましくて単にストレスが溜っただけだった。

具体的には、冷蔵庫発見から停電中に今井が上手にはけるまでは本当に怖かった。何が起こるかわからなくて迂闊に動けない緊張感と、小道具や懐中電灯の効果が抜群に出ていた。あそこの演出は神がかってたと思う。
しかし、その後はパニックと共に絶叫と怒号の応酬…怖がるどころか慣れてしまって、舞台上の喧騒をただ疲れて眺めるだけになってしまった。

…昔、高校生の頃教わったことを思い出す。
ひどくつまらない化学の先生の授業中、おしゃべりでうるさかった教室が一瞬でシンと静かになった。バン!という音と共に化学の先生が机を叩いたのだ。先生は「これが反射です」と話して続けざまに机を何回か叩く。「もう驚かないでしょ?もう私が机を叩くとわかっているからです」…途端に教室は生徒の拍手でいっぱいになった。(もちろんそのまま教室は何事もなかったかのようにいつものガヤガヤ状態に戻ったのでした)

ここで学べることは、「想定外の現象は一度人間に影響すると想定内のものになってしまい、効果が薄れてしまう」ということである。つまり、先生は机を叩き続けて生徒を授業に引きつけ続けることはできないし、この芝居では叫び続けて観客を怯えさせ続けることはできない。懐中電灯だけの暗い状況や、殺人(関係ない人まで本当に死にすぎ。9人中6人死ぬ)でさえ同様に観客はやがて慣れてしまう。

また、恐怖にはある程度の背景が必要だとも思った。
今回の芝居は冒頭の日常会話で認知できる情報があまりに少なく、肝心の後半にも引き継がれていない。ガラッと展開が変わるプロットは面白いとしても、会話部分の脚本の練り方がかなり雑な気がする。この人、プロットや演出のイメージは得意そうだけど、会話の組み立てはまるで下手だ。

例えば、今井がペンション経営に悩んでいたエピソードは五年前だけでなくて現在にもヒントが少し隠されていていい。
あれだと五年前にしろ、本当に殺人できる精神状態だったのか全くもって疑問だ。中盤の今井の殺人の展開をお客さんにバレるのが怖くて、作者が何も書かなかっただけと思われて仕方ない。
僕は個人的に、追い詰められる・られていた今井の心理描写をもっと生々しく描かけていたらこの作品はかなりいいものになっていたと思う。

そして鍵になる増田。クオリアのテーマが足を引っ張って迫力に欠ける。話すことが電波すぎて怖くもなんともない。勇気をもってクオリアのテーマを切るべき。
淡々と話をして停電後にそのままいなくなる方がよっぽど謎めいて怖かったと思う。その後、増田抜きでどう展開するのかを考えた方がきっとまだ面白い。
また、クオリアのテーマを生かすならもっと何か手を打たないとオチが最悪だ。正直、あの胸くそ悪いラブストーリーはどうしようもない気がする。全部台無し。ラストをあれで終わらせるなら、それこそ前半の会話部分でしっかり背景を提示しないと。





“過去の僕なら”だけど、さっき書いたような「ペンション経営に追い詰められる今井」に、「五年前を話してフッと消えてしまう謎の増田」を起用して、真犯人は上田の一手だと思う。
観劇中、上田が血まみれの殺人鬼で登場したら超怖いと思って見てた。

つまり、恐怖の対象を最初は増田に、五年前の惨事を見せて続いては今井、そして停電を挟んで上田に移す感じ。…かまいたちの夜見過ぎかなぁ

上田は単なる快楽を覚える殺人鬼だと一層怖い。医者だし。したがって五年前のエピソードの続きは、今井と藤本を冷静にさせた後、ことに及ぶ上田が描かれてもいいかも。

今ならわかんない。とりあえずクオリアはハズすと思う。
| - | 19:07 | comments(2) | trackbacks(0) |

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