その愛想笑いやめろ

サンピリ演出の元一のブログです。
適当に書いています。
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無倣舎「ゆめみるきかい」
無事「ゆめみるきかい」終了致しました。
観劇してくださったみなさん、本当にありがとうございました。

つい昨日までは、公演終了後に考えたことを全部書きなぐるつもりだったけど、
なるほどね、作品に関わると本当に何も言えなくなるんだなぁ。あの瞬間が全てだった感じだ。


ここでは、稽古のこととか、自分に起こったことをメモしておこうと思う。


「対話」

演出の五味さんとは1対1でたくさん話ができたと思う。
お互いが相手に対する圧倒的な距離を埋めるためにひたすら歩み寄っていったという感じ。
目と鼻の先で、ぶつかるっていうほんの何ミリかをじりじりとつめたような作業。
五味さんは何度も何度も俺をとことん知ろうとし、僕もとことん知ろうと話をした。

その距離感は共演者の2人ととも維持されていた。
一緒に作品をつくったことがない人間同士ではあったけど、毎日毎日、常に対話を重ねた。
気付いたその日に必ずぶちまける習慣があって、これが本当によかった。
「なんか、ダメなんだよね」という違和感を徹底的にぶつけ合う。言葉にする。

話すことが必ずいい結果を生むとは思わない。
実際、話す必要がないと思えることだってたくさんあって、余計な衝突も多くあった。
でも、「対話」自体は遠回りじゃなく、絶対に近道だ。
相手に対して目には見えない「信頼」なんて持つべきものじゃないなと思った。


「即興」

作品を構成する要素に、即興があった。
高校の頃は「エチュード」とか呼んで仲間と何べんもやったものだった。
でも改めて即興に触れてみて、こんなにシンプルで無限で創造的なものはないなと思った。
何を持って演技と言ったり演劇とするのか、そのヒントに少し出会えた気がする。

また、7月の即興演劇(くうきプロジェクト)にも誘われたので、しっかり頑張りたい。


「ゆめみるきかい」

僕らがやろうとしていたことは、必ずしも本番3回の中ですべて共有できたとは思わない。
人によってはエチュードをしただけと思われたろうし、無駄に見えた要素も多いと思う。
ただ、僕はとある稽古のとき、本当に素晴らしい経験をしたよ。
僕にとってはあの光景がゆめみるきかいの本来到達し得る境地の一つであったように感じる

僕の代わりに五味さんが出て、くわっちとやべっちに僕の思い出をやってもらった。
朝の出来事から始まり、最近うまくいっていないこと、小さい頃の記憶・・・
何をやってもらったかまでは言えないけど、3番目でもう涙が出てきた。
60分ぐらい涙が止まらなくて、嗚咽の中でそこに出ている自分を眺めていた感じ。

自分の「これがつらかった」「あのときが幸せだった」ということが、相手に理解される機会は本当に少ない。ほぼ0だと思う。
人に話をしてもほとんど無駄だ。あの光景、あの場面を他人と共有できるとは思わない。
ただ、自分の話がその舞台に出てくると何か「理解」された気がして救われる。
演者が何気なくする素振りに、言葉に、もう会えないあの頃の自分自身がすっと出てくる。
頭にある記憶でも、胸にある感情でもない、あの頃の自分に再会できる奇跡。

でも、まぁ、僕がそもそも自分自身に執着する自意識過剰人間であることをはじめ、作品に携わっていることや、演者に信頼をよせていたハタラキも強いからなぁ・・・。

しかし、単に素朴な場面をやるだけでも十分素敵なものが生まれていたなと感じるし、
進行や表現者を変えて、公演を繰り返し行うだけでたくさんの奇跡に出会えると思う。
「ゆめみるきかい」、またやれたらいいなぁ。
もっと鍛錬してお客さんの色んな話を起こせるようになりたい。

| - | 19:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
本番前日の日本餓鬼ばなし
自分の公演を観に来てほしいなと思う人が何人か来てくれない現実に非常に困惑してる。

もう、めちゃくちゃ悔しいんだ。悲しくなる。憎い。すげえ腹立つ。
本番が近づくにつれ「ああ、あの人は来ないんだ」という事実が眉間の辺りに浮き出てくる

っていうことは、なんだかんだ虚勢を張って大人ぶったところで、僕の中に「俺が出るんだから観に来るのが当然」というエゴエゴアザラクが延々と唱えられていたことは明白。
予定があって来れない人や単純に来たくない人がいて当たり前だという客観性がまるでない。
だから人を誘いたくないんだな。プライドが傷つくのが嫌なだけなんだ。ひどく子どもだ。

どんなに作品に取り組んでいても、こんなことでウダウダ言ってたら台無しなのに。


ああ、しかし、ごまかせない。僕はこういうのダメなんだ。この感情は殺せない。
「ご飯食べないなら一生ご飯つくらんけんね!」に似た暴走がぐるぐる渦巻いている。
「みんな死んじゃえ!」とかそういうの。友達少ないわけだ・・・

今回の作品に対しての気持ち。参加者との交流を通して考えたこと。そして役者としての今回の心構えを一旦この足元に置いておいて一言書かせてくれ。

「観られなかったことを絶対後悔させてやるからな!!ちくしょう!!」



よし、スッキリした。あとは目の前のお客さんにしっかり向き合うだけ。素直にいこうぜ
| - | 23:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
雑雑雑雑記
 無倣舎の本番が近づく。
「できないんじゃないか」の不安はない。やりきる。

ただ、お客さんがどう感じてくれるのかが不安で不安でしょうがない。
動悸さえしてくる。眩暈もする。

「とってもいい感じのお芝居になりそうです」とか、今、僕は、言えない。
わからない。全部わかんない。なんだこれ、どーなるんだこれ。
一歩踏み出すとこけそうな気分、明日の朝寝坊の心配、そんな不安感。

ああ、ただただ、公演が行われる一瞬一瞬を待つばかりなのだ。

あと、僕、ブログを書くことで読む人に芝居に変な先入観を持たせていそうで怖い。
僕のブログを読んだお客さんがゼロだったら気にしないでいいのだけど、必ずしもそうではないだろうし・・・
ほんと、普通に観に来てほしいです。なんか、500円だし来てみたー的な。

ああ、普通ってなんだろ。わかんね。僕らの仕事か、あとは。


言い訳ご無用!


そうだ。今日は週末の本番だけでなく、その後の活動にもわくわくさせてくれる日だった。

終了後、すぐさま始まるサンピリ。
ヴィレッジのWS、財団のWS、日野さんのWS。
九州演劇人サミット。インプロ公演。
ライブ。ライブwithくはっち。
そしてダンスのセカンドシーズンが始まる!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


しかし、演劇はどうなるんだ。演劇はどうするんだ。
僕は何を演劇に望むんだ。ただ馬鹿みたいにだらだらやりたいだけなんだろうか。
ゴールはなんだ。ゴールがないからいくのか。ゴールをつくっちまえばいいのか。

最近、過剰に演劇を疑いすぎている気がしてならない。
いや、疑っているのは自分自身か。何か潔癖に近い橋の叩き方をしている。
なんでこうも頭が弱いのに頭を使いたがるんだろう。
知識も技術もないくせにあああああもう。

芝居をしなきゃ芝居をしなきゃ。それしかない。そこしか安住の地はない。
でも安住したくないんだ。水槽の中の金魚みたいに漂っていたくない。
遠回りしたいんだ。めちゃくちゃ急いで焦っているからこそすげえ遠回りしたいんだ。
シラミ潰して全世界踏みつけて、やっぱりここでしか立っていられないって叫びたいんだ

だけど、僕はもう、いい加減に立たないと。
ああ、見てない世界は無限に残っているというのに、それでもあの場所へ早く立たないと。
時間がないんだ。僕には足が二本しかないし、腎臓は二つもついちゃいない。

わがままね、僕って本当にわがままね。勝手にやってろボケナス野郎ってね。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本番頑張るよ。
すべてはその一瞬のために。
| - | 00:38 | comments(0) | trackbacks(0) |

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